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【表4より】
22歳の春にすみれは生まれて初めて恋に落ちた。
広大な平原をまっすぐ突き進む竜巻のような激しい恋だった。
それは行く手のかたちのあるものを残らずなぎ倒し、片端から空に巻き上げ、理不尽に引きちぎり、完膚なきまでに叩きつぶした。
・・・・・・そんなとても奇妙な、この世のものとは思えないラブ・ストーリー!!
表4を読んだのに・・・・・、またやってしまいました。
今回の失敗は、前回の失敗とは違って、よくやる失敗です。
一度読んでました! はい・・・・。
大体において、村上春樹さんの長編は、文庫になったらすぐ読んでいるはずなのに・・・。
ま、良く内容を覚えていなかったので、良しとします。
で、感想です。
なんで、覚えていなかったのでしょう?
かなり良かったです。
村上作品の例によって、非常に比喩的表現の多い、全てを理解しようとすると、非常に苦労する作品でしたが、もともと村上春樹さんの、こうした表現は好きですし。
またまた、こうした表現が出てきます。
「しかしそれでもやはり根本的な疑問は残る。ぼくとはなにか?ぼくは何を求めて、どこにいこうとしているのか?」
「ひとたび失われてしまえば、その炎は永遠に取り戻せない。ぼくが失ったのはすみれだけではなかった。彼女といっしょに、ぼくはその貴重な炎まで見失ってしまったのだ。」
・・・・、またです・・・・・。
また、喪失の物語なのだ!
羊三部作である、「風の歌を聴け」・「1973年のピンボール」・「羊をめぐる冒険」。
そして、「ノルウェイの森」・「ダンス・ダンス・ダンス」と。
私のイメージで村上春樹さんは、喪失の作家なのです。
「僕って、私って何?」
「そして、僕はどこにも属さず、どこにも行けない」
これが、村上春樹さんのイメージです。
その他、私が読んだ村上作品(「国境の南、太陽の西」・「ねじまき鳥クロニクル」・「海辺のカフカ」)なども、イメージ的には似たような感がします。
こんなに失い続けている村上春樹さんですが、好きなのです。
物事を考えたい時に読むと結構きます。
結構、考えられるのです。
もちろん本の内容とは別の、私の身の回りのことについてですけど、結構役に立つのです。
喪失、喪失と書きましたが、本書「スプートニクの恋人」は、ハッピーエンドです。
「もうとくに急ぐ必要はないのだ。ぼくには準備ができている。ぼくはどこにでも行くことができる。」
と、終わります。
ただし、最後の3ページでですけどw
と、いうわけで、結局この物語もイメージに残るのは喪失です。
「ぼくとすみれとミュウの喪失の物語」として記憶に残りそうです。